ブルガリア唯一のナローゲージ鉄道 Septemvri – doblinishte

 

 

 

 

 

イントロダクション

 

セプテンブリ-ドブリニシテ線をご存知ですか。

その魔法のような路線は東欧ブルガリアにあります。

 

 

セプテンブリってどこ

 

ここはセプテンブリ駅。

 

セプテンブリはブルガリアの首都ソフィアから南東に約100 kmほどの小さな町です。

ソフィアからトルコ方面やブルガス方面へ向かう幹線の途中駅です。

 

ここから支線が伸びています。

 

septemvri-dobrinishte線って何

 

Septemvri–Dobrinishte narrow-gauge line – Wikipedia

セプテムブリ – ドブリニシテ ナローゲージラインは、 760mm の狭軌鉄道で、ブルガリア国鉄が運行しています。

直通1日往復4便、所要時間は5時間です。

 

  • 開業:1926年~1945年
  • 路線長:125km
  • 所要時間:5時間
  • 運行速度:30-50kph

 

運行速度の最大が時速50km ってどんだけ遅いんだ。

125kmを5時間という事は平均時速25km/h になるんですが、一体全体この路線は何なのだ。

それはこのあと明らかになる。

 

歴史

歴史は軍による構想から始まりました。第一次世界大戦中、Nevrokop (現在の Gotse Delchev) という街まで軍事的な目的により鉄道を作りたいと考えました。

しかし第一次世界戦争が終わり、工事は打ち切りました。

 

1926年、最初の区間 セプテンブリからLadzhene (現在の Velingrad付近)まで開業しました。

1927年、Ladzhene (現在の Velingrad付近)から Chepino (現 Velingrad south) までの短い区間が1927年に開業しました。

 

1937年、最も困難な山岳区間、Chepino (現 Velingrad south)からYakoruda まで、一時的なサービスとして開業しました。

1939年、Yakoruda からBelitsa を含めて、Chepino からBelitsaまで正式開業しました。

 

1943年にBelitsa–Banskoが開業。

1945年にBansko–Dobrinishte が開業。

軍が考えた当初の計画、Nevrokop (現在の Gotse Delchev) という街まで延伸することはありませんでした。

 

 

 

ここがすごい

 

1960年代から50年以上にわたって、全く時が停止してザワールドしてしまったような路線です。

ここだけ地球上で起きたあらゆる交通機関の近代化から隔絶された鉄道界の浦島太郎と化しています。

 

 

機関車

セプテンブリドブリニシテ線の凄い所は、

機関車を筆頭として一切のモダニゼーションが行われていない所。

機関車が単純にぼろい。

 

機関車一覧

 

List of locomotives

  • 60976 1949 in service (SL)
  • 75 002 1966 out of service
  • 75 004 1966 in service
  • 75 005 1966 out of service
  • 75 006 1966 in service
  • 75 008 1966 in service
  • 75 009 1966 out of service
  • 77 002 1988 in service
  • 77 005 1988 in service
  • 77 008 1988 in service
  • 77 009 1988 in service

75xxxという機関車10両在籍し主力で走っています。これには2種類あり、

1966年製の75.000系と1988年製の77.000系があります。

 

一番上の 60 976 という機関車は動態保存されている蒸気機関車です。

自分は見ていませんがこいつはこいつで乗ってみたいですね。実際に目にしてはいないので割愛します。

 

75系

BDŽ class 75 -wikipedia

ブルガリア国鉄クラス75は、ドイツのカーセルにある、Henschel & Son(ヘンシェル)という車両メーカーによって作られました。

 

 

  • 製造数:10両
  • 最高速度:70km/h
  • 1100hp

 

遅え。最高速度70ってまじか。

現代の感覚で最高速度だけを見ると遅く見えますが実はすごい機関車でした。

「(BZD75は)ブルガリア国鉄の技術的な状況の下で作られました。ディーゼルエンジンは1100hp、圧力ギア、車輪の構造はB-B(すまん僕もちょっとわからない)です。

製造当時で、狭軌鉄道の機関車としては世界で最もパワフルでした。」

とのこと。

 

BDZ75系はヘンシェルというドイツの車両メーカーで作られました。

Henschel & Son -wikipedia

 

「ヘンシェルは、20世紀で最も良く知られた輸送機器メーカーです。蒸気機関車、トラック、バス、戦闘用輸送車、戦車などを作っていました。」

 

ヘンシェルってなんやねんって思う方もいるかもしれません。僕も欧州行く前は存在すら知らなかったです。

ヘンシェルはドイツ20世紀で最も有名な車両メーカーのひとつです。

 

ドイツ鉄道の初期の多くのSLがヘンシェルで作られました。その後DL やELも数多く製造しました。

 

おそらく、DB Class 103 を作ったメーカーのひとつという方が分かりやすいかもしれません。

ドイツ国鉄と言えばこれ!ってかんじの、丸くてクリーム色のかわいい機関車です。DB103系の制作会社は、シーメンスなどと並んでHenchelも名を連ねています。

ヘンシェルの各部門は20世紀までにほとんど閉鎖か買収されています。

 

77系

 

1988年製の 77系という車両は4両在籍しています。私は走っている姿を見る事はできませんでした。(だから写真は無いです)

 

BDŽ class 77 – Wikipedia

  • 製造数:10両
  • 最高速度:60km/h
  • 1100hp
  • 製造:1988 ブカレスト

こちらは1988年製で車歴30年強と、比較的新しい車両です。

過疎地域の「50代が村の衆の中で若手だ」みたいなレベルの話ですがね。

 

 

「(76系と比べて)ギア比が変更され、トラクションを良くするために最高速度が落ちました。」

75系では最高時速70km/hだったのが落ちてますね。

 

後述する76系が駄作だったため、それと同じ(スペックが低い)エンジンでなんとか走るようにするためにギア比を変更したとのこと。

 

車両製造所はFAUR社 (ルーマニアのブカレスト)です。

FAUR社は会社として今も存在します。

 

 

「1990年代以降旅客需要が減少しました。約半分の機関車が持てあましていました。この状況を解決する好機があり、1996年に5両がアルゼンチンに売られました。標準機鉄道に乗せられてブルガス港へ運ばれ、アルゼンチンに運ばれました。

10両の内、5両が1996年にアルゼンチンに売られ、1両がスクラップ、5両が在籍しています。

 

 

76系

 

BDŽ class 76 – Wikipedia

実は77系と75系の間に76系というのがありました。

こいつが迷列車どころか単なる駄作だったようです。

 

 

76系は1976年から1977年に作られました。

車両製造はドイツヘンシェルではなく、ブカレストのFAURです。

 

「セプテンブリ-ドブリニシテ線の蒸気機関車を完全に置き換えるために作られましたが、数が多すぎました。5両がセプテンブリに送られました。

75系とほぼ同等の技術的スペックにもかかわらず、運行キャパシティが低く、クオリティが低かった。」

 

ルーマニアじゃダメだったか。

ドイツの技術力は世界一ィ。

 

→製造された15両中11両がスクラップ。3両がアルゼンチン行き、1両が博物館となっています。

 

75系が1966年に作られ、

76系は20年経過した1986年に作ったにもかかわらず、後に出来た方がポンコツ。

 

大昔に出来た75系はよほど傑作だったようです。

75系が2018年現在走ってることが現実問題としていかに傑作だったかを証明しています。

 

というか1966年と全く同じものをパクって作ってしかも駄作だって…

歴史的に見ると共産主義の技術革新の無さ&残念さがひとつの側面として表れていますね。

 

 

客車

 

機関車もモダニゼーションしていなければ客車もまた全くボロいままです。

 

マッチ箱のような客車としか言いようがありません。

 

重さは12t

長さは13.4m とのこと

ちいせえ

 

 

客車も大概で1973年製

ВЗ А ЖДАНОВ ДРЯНОВО (?)という車両工場の名前は調べても正体はわかりませんでした。

пътнически вагон の文字はパッセンジャーワゴンという意味です。

 

 

 

デッキ扉の2等車表示が渋い。

今まで私が見た2等車表示で一番かっこいい。かもしれない。

 

こんな感じの内装。

 

木枠の窓。

 

 

くず入れ。

 

座席が新しい客車もあります。これも2等車で値段は変わりません。

窓と無理やり設置した座席の配置が合ってないのが、北海道の54を思い出させます。

 

 

ダイヤ

 

Timetable | The Rhodope Narrow Gauge

 

このセプテンブリドブリニシテ線の狂ってる点のひとつにそのダイヤがあります。

 

BDZ公式時刻表です。

 

1日4本しか走っていないというのも過疎路線感あります。

が、その4本のうち異様な一本があります

 

わけわかんない便があるぞ。

深夜2時5分始発だと?14時5分の間違いでは?

いやしかし16時00分があるので深夜2時なのでしょう。

列車番号はPV 16101。

 

  • 深夜2時発
  • 朝7時半着
  • 所要時間5時間半
  • 完全に各駅停車。

 

乗るならこれしかねえ。

だが存在するのか?書いてあるけど実はウヤとか廃止してましたとか無いよな…

 

 

起点となるセプテンブリ駅に到着した山本。

セプテンブリ駅の掲示されてる時刻表です。

一番下の右側(DEPARTING)が該当する時刻になります。左は着時刻です。

 

あるわ。

流石に駅の表示が嘘を言うわけがない。

 

 

深夜鈍行

 

この深夜鈍行が、セプテンブリドブリニシテ線で毎日行われている日常。

日常ながら最も魅力的なシーンかもしれません。

 

湯気湯気湯気

ハロゲン灯に照らされる客車の下から

湯気が暖房用の管から漏れだして幻惑的。

 

保存鉄道で古い車が残っているのではなく、まがまがいものでなく単純に古いせいで、世界が変わってしまたような錯覚を覚えます。

 

 

 

しかも待っていると、前に1両つないで重連になります。

 

 

 

こんな小さな車両に5時間揺られます。

揺れるけれども、大したスピードは出さないので揺れのスピードも何となく遅くて、快適です。

 

ボックス席は横になるのも難しいですがうまいことL字に体を曲げて寝ることにしました。

朝起きたら終点です。

 

朝。

朝終点で列車が止まり、僕は客車からホームに降りてこの景色を見た時、口半開きでした。

 

もうハリー=ポッターになりそう。

 

これは映画の演出ではない。地球上で毎日行われています。

 

 

 

何で深夜鈍行が存在するのか

 

何で深夜2時の列車があるのか気になっていたんですが、これが便利で組みやすい理にかなったもののようです。

理由は2つ。

 

①朝の通勤列車

 

深夜2時発のとき、乗客はほぼ居ませんでした。そりゃ居るわけないが。

早朝5時半から6時くらいまで誰も乗ってきません。

 

日が昇る頃になるとこの列車の意味が分かります。

地元客が多く乗車します。(写真撮ってないですが)

ドブリニシテ近郊の朝の通勤列車としての役割があるようです。

 

 

②機関車を回送していた

 

Велинград(ヴェリングラード)駅は3:40着、4:00発。

20分停車します。

その間に重連だった機関車を切り離します。

 

КПВ16220がという平日のみの列車があります。通勤時間帯の上りなので、通勤列車なのは推察できます。私は乗っていませんが。

Велинградまでは半ば回送的な扱い、後半は通勤列車として機能してるようです。

 

途中まで回送にしてしまっても良いのにというか回送の方が自然でさえあるのに

客扱いしてるブルガリア国鉄最高です。

 

始発のセプテンブリ以外に機関車を管理できる駅が無いからこうなっているんじゃないかと思います。

 

 

凄い線形

 

この路線にはループ4か所、最大33パーミルの山岳路線です。詳しく説明します。

 

山岳路線

 

路線のループなどの場所はwikipediaで詳しく見る事が出来ます。

Теснолинейка Септември – Добринище – Уикипедия

 

125kmの区間を5時間かけて平均時速25km以下。運行速度の最大が時速50km ってどんな路線なんだ。

と言いたい所ですが、

意味もなく時速平均25km/hというわけではありません。

 

Septemvri–Velingrad の間で最大勾配は32‰

Sveta Petkaから、路線内で標高が最高の駅Avramovo まで9.8kmの間に224mの標高が上がります。

平均30‰です。

 

 

ループ

 

平均勾配33パーミルのSveta PetkaからAvramovoまでの区間には2か所ループがあります。

Avramovo駅は、バルカン半島で最も標高が高く標高1267mです

Sveta Petka という駅は殆ど秘境駅みたいな駅です。ここからとんでもない急勾配区間が始まります。

 

地図を見れば、どんな線形かわかると思います。

地図上ではスイッチバックみたいに見えますが、トンネル内でループしているだけです。

 

 

他にもループがあります。

あとの2つはЧерна Местаという駅の東300mほどの場所と,3.6kmほど南東の場所です。

3.6kmほど南東の場所のループはなぜかgooglemapでプロットしていないので、航空写真で見るしかありません。

 

 

ループがこれら合計4か所あります。

 

 

山岳路線のかなりアツい線形になっています。

そして開業時期が1920年代から40年代にかけてと古いため、トンネルは趣あるものです。

 

 

 

ブルガリア国内では結構有名だった。

 

実はこの路線、

ブルガリア国内では復活したナロー蒸気機関車がある路線として有名です。

 

youtubeで検索すると結構出てきます。

こいつです。

 

有名な理由はブルガリア唯一のナローゲージだからでもあります。

 

 

BDZ公式

 

 

Атракционни пътувания с ретро-подвижен състав / Атракционни пътувания / BDZ.bg (ブルガリア語版)

Attraction journeys / Attraction journeys / BDZ.bg (英語版)

ブルガリア国鉄の保全車両は、公式ホームページ出ています。

BDZの車両なんて、普通に走ってる車両さえ保存車両じゃないかと思うくらいですが、それらよりさらに古い蒸気機関車や気動車がアトラクショントレインとして残っているようです。

 

BDZ公式によると、SLが3両とディーゼル車が1両あるようです。

 

 

SL3両の内、60976という形式がここセプテンブリ-ドブリニシテ線で走っているナローゲージSLです。

Теснопътен парен локомотив №60976 / BDZ.bg

ナロースチームロコモーティヴ No.60976は1949年にポーランドのフシャヌフで作られました。それはブルガリア国鉄の博物館で保存されていました。2004年ソフィアの機関車部門によってレストアされました。ブルガリア唯一の狭軌鉄道であるセプテンブリ-ドブリニシテ間で、観光輸送に用いられ、映画の一部にもなりました。

 

 

上のページは表示言語が英語なのに解説がブルガリア語のままという鬼畜っぷり。

それはともかく、

760mmのナローでSLとは魅力的な車両です。

 

 

 

Атракционни пътувания с ретро-теснолинейка / BDZ.bg

こちらの下の方にpdfがあります。保全車両全般にようこそ的な紹介です。

保全車両に乗るためには事前に申し込みが必要らしいですがパッと見た感じではどう申し込むのか詳細はちょっと不明。詳しい運航日みたいなものも無いので、メールで問い合わせるしか無いのだろうか。ブルガリアに行く予定が出来たらコンタクトを取ってみようと思います。

 

 

おわりに

 

 

セプテムブリ-ドブリニシテ線は本音を言うと

誰にも教えたくないレベルで最高でした。

 

見てくださいこの愛すべき機関車を。

1966年製の機関車。狂ったような深夜ダイヤ。ループ。

日本語のwikipediaにも無ければ、日本人で乗ったというのもあまり聞きません。

 

多分乗った日本人誰もが

最高すぎて誰にも教えたくないから黙ってるんだとおもいます。(あくまで推測)

 

僕もそうしようかと思ってたんですが、

気づきました。

 

これ近いうちに消滅するな。

いや、ブルガリア国鉄の事なので案外あと10年くらいほっといたりするかもしれませんが。

遅かれ早かれ新車になるでしょ。

だったらええわ紹介して。

 

近代化する前に乗ってください。まじで。お願いしましたよ。

この細っそい線路の上を。

次の旅行先にブルガリアをぜひ。


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