ロシア 限界狭軌鉄道 アプシェロンスクナロー 2019

アプシェロンスク狭軌鉄道2019 Апшеронская узкоколейная железная дорога

訪問2019.11.07 から 09

君はロシアのナローゲージを知っているか

ロシアの王道鉄といえばやはりシベリア鉄道を思い浮かべる。もしシベリア鉄道に乗り終わった頃、1度のロシアで満足できない頃にはRZDには豊富な路線網、北限のムルマンスクやバム鉄道のバニノ、ヤクーツク、南にはソチ、書き表せないほどの路線がある事を知ってもっと乗ってみたいという衝動にかられるかもしれないし、あるいはビシュケクやミンスク、承認されてない変な国への国際列車に興味を持つかもしれない。

1520mmの軌道を持つメジャー路線は魅力的だ。

しかしロシアはそれだけではなかった。影は薄いかもしれないけどヤツはいる。国中に散り散りになっているけどもヤツは居る。余所者が全然来ないような山奥、奥地に潜んでいて毎日地元民を運んでいるかもしれない。

 

 

こいつだ。

1520mmのいつものロシア国鉄では味わえない体験ができる。鉄道の概念が覆るかもしれない。影は薄いなんてとんでもない。強烈な印象を残します。一度乗ったら沼。ナローを巡らないとダメな体質になって人生が狂うかもしれない。

 

 

ロシアの狭軌鉄道

 

Действующие узкоколейные железные дороги России — Википедия

 

Wikipediaを見ると纏まっていて有用です。これによると43の狭軌鉄道が載っています。この中でもキーロフ州は10か所もナローがあるらしい恐ろしい沼地なのですが、それは次回行くことにします。

今回クラスノダル州唯一の狭軌鉄道に乗ってきました。ロシア狭軌を語るには私はまだこのアプシェロンスクしか乗っていないのだけどもとりあえずアプシェロンスク狭軌はやばい。少なくともアプシェロンスクは強い。

 

アプシェロンスク狭軌鉄道

Апшеронская узкоколейная железная дорога

 

現在営業しているのは赤線の区間、黒は廃止です。地元では Матрица マートリッツァという名前で親しまれています。

 

 

歴史

 

アプシェロンスク狭軌鉄道の最初の区間は1927年に開業し、1940年代にЧерниговской до Шпалорезаの全てが開業しました。

2010年に アプシェロンスク- Черниговской  の平地区間が無くなり現在の山岳区間のみになりました。Черниговской  から Шпалорез の区間です。アプシェロンスクの車両はチェルニゴフスコエに移動され、2011年にチェルニゴフスコエに新しい車両基地ができました。分岐線がДесятый Километр 駅から Кушинкаの間2.5kmあります。

 

Апшеронская узкоколейная железная дорога — Википедия

Узкоколейная железная дорога Гуамка — Мезмай

2009年の写真:

The Guamka Gorge Tourist Railway, Russia, 2009

 

枝線

 

地図の右へ分岐している区間があります。アプシェロンスクから24kmの地点のСамурская,サムールスカヤでグアムカ、Мезмай方面の線路が分岐しています。Мезмай のさらに先には枝線があったらしいんだけど調べた限り詳細は不明です。

1980年代の洪水でСамурскаяからグアムカの区間が破壊され、枝線は孤立しました。

2002年に洪水が起き、列車が渓谷に落下。

2011年の地滑りでグアム渓谷(グアムカ-Мезмайの一部)が破壊された。現在観光鉄道として運行しているのはグアムカから2kmほど山奥への短い区間のみ運転しています。

Апшеронская узкоколейная железная дорога — Википедия

狭軌鉄道グアムカ-メスメイ

 

 

RZD廃線

 

ところでアプシェロンスクまで伸びているRZDの廃線跡もあります。これは1980年代終わりごろに貨物が廃止、1994年に旅客も廃止になったとのこと。かつては鉄道だけで終点リモートまで乗りとおせました。現在はバスで行くしかありません。

 

 

場所

 

アプシェロンスク狭軌鉄道は現在すべてで37kmとwikiにはありますが、チェルニゴフスコエ(31)からКушинка(59)が28kmでКушинкаの枝線は2.5km。合計30.5kmです。

グアムカの観光鉄道セクションが6.5kmあることになるけども実際には2kmくらいしか走っていません。もう限界度的に日本の鉄道みたいに正しい距離を計測するのもあほらしくなるくらい山奥なのでもういいことにします。

 

 

時刻表/運賃

 

Посёлок Отдалённый : 非公式

  • チェルニゴフスコエ 7:00 → Шпалорез 10:00 土日なし
  •  Шпалорез  15:30 → チェルニゴフスコエ18:00 土日なし
  • チェルニゴフスコエ 19:00 → Шпалорез 22:00 毎日
  • Шпалорез  3:45 → チェルニゴフスコエ6:15頃 毎日

到着時間は正確でなく、客が多いかどうかなどで前後します。

チェルニゴフスコエ→リモート65RUR. 

 

時速11キロの日常

始発駅 チェルニゴフスコエ

 

チェルニーゴフスコエ中央広場。正確には名前なんてないただの広い場所があります。ぱっと見何もない場所です。車止めみたいな目立つ凹凸が無いから全く只の広場に見えるけどもホームの凹凸はあります。立派なホームだ!だが本当に来るのか?廃線にすら見えるし遊園地のレールウェイステーションよりも雑だし心配になります。広場で服を売っていて店仕舞いをしつつある人がいたので聞いて確かめたんだけどそれでも心配になるレベル。

レールはホームの手前に3角形の機関車の向きを変えるための配線になっています。かなりのアールですがナローサイズの機関車では通過できるのでしょう。

 

 

気動車

 

ナローゲージ。辺境の非電化。客車列車が来るに違いないと私は予想していました。大抵皆そう予想するよね。

こいつだ。

気動車である。

この見た目で機関車でなく気動車っていうのも何かの間違えかと思うけども、気動車である。

なんだこれ見たことねえぞ。

 

ТУ8П — Википедия

ТУ8Пという形式で1988年から製造開始、合計83以上が製造されたとのこと。客室があるから気動車だ。一見ディーゼル機関車に見えますがボンネット側が運転席、その後ろに小さな客室があります。Pは乗客を表すP。車両は9730mmの長さです。ボンネット、運転席、キャビンがたった10mに詰まった画期的なソ連式ディーゼルカー。

 

 

食料輸送

 

朝列車がチェルニゴフスコエに到着すると何台かのバンがやってきます。自動車はパン屋さんらしく沢山入っている袋を次々と列車に乗せていく。そして左手前のロングシートにある直方体の袋はパンが入っていて、これが11個くらいはある。途中駅で徐々に下ろしていきます。

 

列車の窓は人間が窓の外を眺めて景色を見ることを想定しておらず、高すぎる位置。全く外が見えませんね。

 

食糧以外の何かの部品を下ろす風景。

沿線ではどんどんパンを降ろしていきます。列車は住民の生命線になっています。パンを下ろすたびに乗務員は紙を手渡していのが見えて多分領収書なのでしょう。パンではなさそうなものも渡したり、チェーンソー、たぶん街でしか購入できないものも降ろしていきます。トラック輸送が不可能でこんなことが日常的に行われる地域が21世紀の今もある。赤い気動車。小荷物輸送。エモすぎる。

 

駅はyandexにプロットしている場所なんて関係ないとばかりに、必要な場所で停車していきます。そこに村以下の民家の塊があり、必要な人がそこにいるならば停まります。パンを与えます。

 

 

箱乗り可能

 

窓が汚かったらデッキに乗ればいいじゃない。

TU8Pソ連ディーゼルカーは窓の位置が高すぎて景色が見づらいしロシアなので窓は汚いし、快適ではありません。それなら汚れた窓のないデッキに出れば解決します。

始発駅から3人組の男たちは車内に入らずずっと突っ立っていました。デッキにはドア代わりの鎖なんてものは存在しません。安全だなんだと五月蝿くない。知ったことではない。回りは木木木木木、岩たまに川。デッキの端に寄り過ぎると線路両脇に伸びまくった樹木の枝が頬を攻撃してきます。枝にひったぱかれると結構痛いので端っこに寄りすぎないように。

おじさん3名は途中家が1軒のみあるほぼ森林のような場所で降りていきました。長いものを持っていたので狩りをするのでしょうか。

 

 

ヨレヨレの線路

 

列車に乗ると半端なく揺れます。木製の堅い椅子から伝わる振動。

ママママママートリッツァ

バラストがあったのははるか昔。今線路を覆うのは、泥か、芝か、雑草です。芝で覆われた路盤はかえって美しさがあります。

 

揺れるのは当然。線路がヨレヨレだから。こんな線路ではまともなスピードは出ません。写真のようにレールとレールの継ぎ目は一直線でなく、ズレています。一番後ろで見ていると列車が通った瞬間に重みでレールが動いているというか、可動範囲が非常に少ないシーソーみたいにレールが微妙に動いている場所もあります。これでも脱線せずに走るのが可能なのか。保線なんていらねえ。これが真の鉄道か。この写真ではわかりにくいけども、どう考えても脱線につながりそうな空間の継ぎ目もあり、冬だからレールが縮むにしてもあれはやばい。

 

 

本線28km、途中立ち寄りが2.5kmで往復5km 合計33km。3時間の乗車。

平均時速11km/h

おせえ。

 

途中ジェービッチキロメートル駅で分岐しКушинкаの行き止まり区間を走る。リモート行きとチェルニゴフスコエ行きともКушинка駅へは推進運転で侵入する。あまり進行方向を熱心に確認しているようには見えないけどもとにかく推進運転をする。どうせ人が殆ど居ない地域だしなあ。

 

 

 

道路鉄道併用橋

 

Шпалорез駅付近の併用橋

 

アプシェロンスクの良い所は鉄道と道路の併用があるところ。併用橋は近年減っていっていますが、心配するな。ここにはある。ボロボロで鉄が飛び出し、欄干はひしゃげ、踏板は木造。その踏板の上をLADA NIVAなんかが普通に走っていく。別の端ではバイクで走る人も見かけました。

まあTU8Pが走っても落ちないんだから大丈夫なのはわかるけど、それにしてもここの人たちの日常は心もとないボロい橋に支えられています。

 

 

子供たちの通学

 

 

発車から2.5時間から3時間経過した辺りから多くの子供たちが乗車してきます。13人くらいは居たと思う。彼ら彼女らは終点 村の学校に行くために。毎日この列車で通学。後方のデッキにいたおじさんたちは狩りでも行くのか謎の地帯で下車して消えてしまっていて、空白になったデッキを今度は子供たちが占領していきます。狭いデッキに6人も並んで立っています。

列車内ではタブレットを持った1人の子供の周りに3人くらい集まっていて、みんなでゲームをします。屋敷の中を探索しているのでホラゲか何かかしら。別の席では少し年齢の高いいけてる感じの女子はスマートフォンを耳に当てて音楽を聴き自分の世界でノっている。

 

こんな楽しい通学列車を子供時代にできるなんて羨ましいな。彼らは大人になった時このナローをどう思うんでしょうか。今は都会に憧れているのかしら。彼らが大人になった頃このナローは存在しているだろうか。なんかまだ存在してそうだな。

 

 

終点

 

終点のほんの少し手前でスイッチバックのために停車します。スイッチバックといっても勾配を克服するのではなく、運転席を前向きにする三角形の線路があるだけ。停車中に子供たちはここで降りて学校へ向かっていきます。

終点Шпалорезにつくと車内のロングシートに置かれている残りのパン、少なくない量のパンがどんどんと降ろされて、駅前の左側の売店へと運び込まれていきます。列車が到着すると村は賑いを見せます。列車で到着した人々の数よりも多くの人が、今到着したパンを買うために周りの家々から出て来ます。

終点は案外大きな村です。人口は450人も居ます。小学校もあるし、売店は2店。もちろんレストランやカフェはないし宿泊施設なんて絶対ない村だけども、売店で何か買ってその辺のベンチで座って食えばいいので餓死の心配はないでしょう。

 

Шпалорезより先にДалее в глубину горへと線路があったという記載がwikiにありますが線路跡は確認できませんでした。森林鉄道が盛んな頃はさらに線があった可能性はあります

 

 

Отдалённый。ついにやってきたアプシェロンスク狭軌の終点。州都のクラスノダルからくるとすると最低でも2本のバスを乗り継ぎ、その起点から1両のソ連式ディーゼルカーに3時間揺られると、カフカスのロシア側を堪能できます。すばらしい。ここは地球上のどこなんだ。この村は一体なんなんだ。

 

Отдалённыйはクラスノダル州の農村で人口は450人です。wikipediaの歴史によると1930年代にShpalorez, Шпалорез という名前で街が開かれ、以降改名した。枕木の製材所があったとのこと。

 

 

 

夜汽車

 

夜19時発の帰宅用のダイヤが設定されています。これから3時間かけて真っ暗なよれよれの線路を目指します。利用客は居り10人以上乗っている日がありました。

折り返しはリモートを3時45分発というとんでもないダイヤです。誰かこのえげつない夜行鈍行に乗ってみてください。夏ならリモートで凍死しないで済むと思う. たぶん

 

救急用品を運び入れているのかしら。暗闇の中WAZとTUの並びが渋すぎる。

 

 

車両基地

 

始発チェルニゴフスコエから500mくらい歩くと車両基地があります。運が良ければ車両基地の倉庫を見学をさせてくれるかもしれません。中にはTU8の姿が。

屋外には平たい貨車や、物置替わりで使っている貨車、いつ使うのかわからない客車も置いてあります。多客のときは客車の出番があるのだろうか。

wikipediaにはトラックを改造した列車GMD-4 railcarの写真などとんでもない車があるとのことですが私には見つけられませんでした。

 

 

現在の貨物の運行状況

 

youtube で検索すると往時の森林輸送の後継がアップされています。私が行った時は大規模な木材輸送はありませんでした。基地には平たい貨物の横に天然の木を垂直に突き刺して木材輸送用にした貨車が大量にあったけども、これが実際運用されるのかは分かりません。

2012年11月14日にアップされた動画だと、木材輸送の姿があります。TU8も運転してるし、木が垂直に突き刺さった貨車も使ってますね。

 

私が行った時は土曜日に、地元民のためのオンデマンド輸送(後述)で平たい貨車を1両だけ引いたTU8Pが走りましたが、本格的な木材輸送は確認できませんでした。

冬だったからのかしら…

 

 

土曜オンデマンド輸送

 

土曜日、本来時刻表上の昼時間の列車はないのですが、そのダイヤを無視して朝7時過ぎに山奥へ向かい、朝11時ごろに戻ってくる臨時貨物列車が運転していました。

運よく撮影できたんですがこれはどうやら森林鉄道の木材輸送ではなく地元住民のオンデマンドで運行されているのか、ひょっとしたら毎週土日あるのか。

 

 

バスで辿り着く

 

チェルニゴフスコエに行くにはバスしかありません。

名前を冠するアプシェロンスクの鉄路は既に廃廃線。アプシェロンスクナローに乗るためにはチェルニーゴフスコエという小さな町まで行く必要があります。アプシェロンスクはクラスノダルからバスで行くのが簡単です。私が行った時点ではさらにアプシェロンスクからチェルニーゴフスコエは1日8本ほどバスがありました。5本はマルトシカで他はバス扱いでバスターミナル内でも出発場所が違うところが面倒です。

 

 

観光鉄道 グアムカ

アプシェロンスク狭軌の支線の方が現在観光鉄道になっています。前菜にこの観光狭軌鉄道に乗るのも良いかもしれません。これは元アプシェロンスク狭軌鉄道の一部でつながっていたけども先述の通り災害で孤立してしまった区間です。完全に一般市民向けのサービスは終え、たった2km往復に600円ほどかかる高価さですが、乗りごたえはあるでしょう。

ここの見どころは深い渓谷です。日中でも日が全く当たらないくらい高い山と深い渓谷で、その崖の川より数十メートル高い場所を列車は走ります。地形は素晴らしい。

 

最も見どころは沿線に落下してしまったTU機関車の残骸。かなり無惨でした。リアル電車バトルでブレーキングが間に合わず落下してしまったのでしょうか?(絶対違うだろ)

Узкоколейная железная дорога Гуамка — Мезмай

В 2002 году линия была сильно повреждена наводнением. Один из тепловозов упал в реку Курджипс, поднимать его никто не стал. До сих пор на пути стремительного бурлящего потока лежит этот печальный памятник. Остальной подвижной состав вскоре оказался сожжён и выведен из строя. Посёлок Мезмай остался без нормальной связи с внешним миром. Его жители стали ходить в Гуамку пешком по недействующей узкоколейной железной дороге.

2002年には、洪水によりラインがひどく損傷しました。ディーゼル機関車の1つがクルドヒップ川に落ち、誰も持ち上げませんでした。これまで、この悲しいモニュメントは急速な急流の小道にあります。鉄道車両の残りの部分はすぐに燃やされ、無力化されました。メズメイの村は、外の世界との通常のつながりを失いました。その住民は、非アクティブな狭軌鉄道でグアムカまで歩き始めました。

 

 

ここはロシア人世界的有名観光地でかなり混雑しています。火曜日以外、1年を通して運行しています。

Гуамское ущелье – Отдых в Гуамке

The Guamka Gorge Tourist Railway, Russia, 2009

2009年にこの観光鉄道を訪れた人のブログ

infojd.ru

Узкоколейная железная дорога Гуамка — Мезмай

How to go Guamka

Как добраться на общественном транспорте в Гуамку? – Краснодарский блогер — LiveJournal

 

 

おわりに

これをあなたが読んでいる日も、どこか知らないロシアの山奥で、ナローゲージは走っている。

 

マジで走っている。

アプシェロンスクは毎日運行だから。

 

昨日も今日もあいつが地球上で走っている。時速11キロで。

 

あなた方は。どこにいくんだ。

 

我々が死ぬまで訪れることない、村以下のダーチャの集まりみたいな場所へ人を送り届けるために、あいつは走っている。子供たちを学校に送るために列車に乗る。究極的には同じかもしれない。10両編成ステンレス車か、時速11kmか。

我々が一生会うことがない名前も誰かもわからんロシア人は今日もわが家へ帰っていく。真っ赤な愛らしい鉄の塊に乗っている。

 

今日も起きている出来事。

 

 

 

参考サイト

 

посёлок отдалённый : Remote village というロシア語でぐぐる。

Посёлок Отдалённый : 時刻表

 

アプシェロンスク- チェルニゴフスコエ バス時刻表 少し古い

Расписание автобусов, маршруток и матрицы от ст. Черниговской

 

Поездка Анапа — Гуамка — Шедок — Чертково, 2016 год

 

Narrow gauge in Russia

Действующие узкоколейные железные дороги России — Википедия

 

 

 

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