【イラン世界遺産】チョガザンビール スーサ遺跡 エラム ササン朝

 

 

イランの世界遺産

イランの世界遺産に行ってきました。ひとつはShush という街で、アフヴァーズ(Ahvaz)北100km、Dezful から20kmほどの所です。

スシ?シュシと発音すればいいのかな?古代では スサ-Susa という名前で有名で、Shush と Susa は古代か現代かくらいの違いらしい。

 

もう一つはチョガザンビールです。

The ziggurat is considered to be the best preserved example of the stepped pyramidal monument by UNESCO.[6] In 1979, Chogha Zanbil became the first Iranian site to be inscribed on the UNESCO World Heritage List

チョガザンビールは1979年イランで初めて世界遺産に登録されました。

スーサ – Wikipedia

 

これらは全てイラン南西部 Khuzestan Province –フーゼスターン州– にあります。

 

アフヴァーズ→シュシ

アフヴァーズは大気汚染の酷い街で歩いていると粉塵を喉に感じられます。イランはガソリンが安い(2020.1現在約30円/L)なので車を持たないようにするインセンティブが低いんでしょうね。ハイブリッド車など1台もありません。46か国回りましたがプリウスを一台も見ないのはイランが初めて。プジョーか、イランメーカーが殆ど走っています。

 

 

アフヴァーズ バスターミナル

 

バスターミナルはここ。あんま重要じゃないので地図はリンクだけにすればいいと気づきました。

پایانه مسافربری سیاحت دفتر سواری شرکت مسافربری تقوااهواز

 

イランは公共バスがイマイチです。田舎街と田舎街を結ぶ地域間バスが全然ありません。変わりにその役割をタクシーがやっています。バスターミナルにオフィスがあり、4人集まったら出発形式。

街内の路線バスも地方都市では、存在していても本数が少なく、ペルシア文字が読めないので行き先がわからない不利な点が多すぎるイラン。アフヴァーズはそこそこ大きな都市のはずなんですがこのレベルの地方都市でも路線バスは貧弱な印象です。配車アプリ-Snapp-が最強です。一方テヘランではBRTとメトロが発達しているので使いやすいです。

 

160円(160,000Rial), 客4人+子供1人+運転士で後部座席は4人になりぎゅうぎゅう。私はしれっと助手席人権シート。1時間20分程度でシュシのバスターミナルに着きます。イランの小さな田舎街のバスターミナルは場所が分かりにくいですね。唯の門なので迷いそうです。

 

Susa

ここがアケメネス的有名首都観光地スサの遺跡です。

遺跡と美術館があります。さらにDaniel’s Tomb ともう一つの遺跡も歩いて10分以内の中にあります。

 

場所

 

外国人価格

  • 遺跡 500,000Rial
  • 博物館 300,000
  • 冊子 200,000

 

冊子はそこまで欲しくなかったけど金額の切りがいいので買いました。後で分かったんですが外国人価格で、現地民は激安で入れます。公式なのか野良なのかガイドが500,000(すぐに400,000に値下げした) で案内しようか言ってきましたが断りました。

博物館は、予備知識が無いとわかりにくい。800ADという表記でなく、x時代と書いてあるのでペルシア史を事前に知っていればかなり楽しめるはず

 

 

スーサ遺跡

 

Apadana Palace of Shush といいます。

 

ガイドを頼まなかったのは、木陰になっているベンチで寝転がって昼寝したかったから。イランの街中の人混みの事を忘れられます。冬だからなのかイラン情勢のお陰なのか人は少ないです。

 

スーサはエラムとアケメネス朝(BC550-BC330)ペルシアの首都でした。

 

 

 

イラン最古らしい

 

全てが終わったこの雰囲気。遺跡の醍醐味。僕も早く遺跡になりたいです(それは遺骸だろ)

 

スーサの歴史は古く、アクロポリスからは紀元前4000年にまで遡る神殿跡が発掘されている。放射性炭素年代測定によると、早ければ紀元前4395年にまでさかのぼる[1]。紀元前30世紀から紀元前7世紀に跨がるエラム王国の首都であった。

エラムって古いですね。エラムは夏の首都と冬の首都があったらしいですがこちらは冬の首都だったのかな?(違ったらすみません。もうひとつの首都はアンシャン)

 

スーサ(後にエラムの首都となる)がイラン高原の文化から影響を受け始めた、紀元前3200年から紀元前2700年までの時代である。考古学の用語では、これはBanesh期後期に相当する。この文明はイラン最古であると認識されており、およそ紀元前3500年に始まった世界最古のシュメール文明と隣接し、ほとんど同時期に始まった。

原エラム – Wikipedia

 

1901年『ハムラビ法典』碑が発掘された。現在フランスルーブル美術館に展示されている。

ひょえー

 

 

スーサ美術館

 

それらしき品々が展示しています。

 

僕が一番面白いと思ったのはこれ。スサで出土した3か国語の石碑。グローバルな都市だ。

  • 左辺:Elamite 語
  • 正面(一番よく見える):Old Persian
  • 右辺:Akkadian 語

「王マジ最高!王すげえ!悪魔と戦ってぶったおした!」という内容が書いてあるとのこと。要は当時のプロパガンダみたいなもんでしょう。(あくまで個人の感想です。)

Achaemenid priod. Susa で出土

 

 

フランス人が作った倉庫

 

 Shush Castle といいます。

この建物自体が遺跡みたいですがフランス人の発掘隊が出土品を安全に保管できるように作りました。気合入りすぎでしょ。19世紀の遺跡発掘ってなかなか凝ってますねえ。

 

以下説明看板の抜粋翻訳:

フランスの考古学者 Marcel-Auguste Dieulafoy (1844-1920) はイランへの旅の後1885年スーサで発掘を開始しましたが地元民と政府の両方に受け入れられなかった。人々はフランス政府に協力しませんでした。

洪水やハリケーン・日食が起き、先住民や地元民は墓への無礼な行動のせいだと怒った←(ここおもしろすぎでしょw)

1895年5月12日に、Nasr-ed Din Shahはフランスに50000ゴールドを払わせることでフランペルシャでの考古学研究全体を許可しました。 1897年フランスの科学探検隊がジャック・ド・モーガンを代表してイランにやって来ました。

技師 Jacques de Morgan はフランス政府を説得してこの倉庫を作りました。

これのお陰で安全に保管できたなどと書いてありました。入場のカネは遺跡に含まれてます。

 

 

Sushi内すぐ歩いて行ける観光地

 

ダニエルの墓

 

ダニエルズトムブ Tomb of Daniel آرامگاه دانیال نبی(ع)

預言者ダニエルの墓 は伝統的な聖書とイスラムの埋葬地。さまざまなロケーションが指定されていますがここSusaが最も広く受け入れられています。

ダニエルは旧約聖書『ダニエル書』に登場する預言者の一人です。

 

モスクの中にある塔みたいに見えますが墓。内装は銀色に輝き豪華。日本人からすると聖書あんま読んでないし-新約聖書はともかく旧約まではちょっと-大してありがたみが感じないんですが宗教的には相当凄い場所ですね。

Tomb of Daniel – Wikipedia

 

 

 

シャホーラズ パレス

 

The Shahoor’s Palace

Susaの遺跡および美術館から歩いて8分くらいで行けますが鍵がかかっていました。門の隙間から撮りました。

 

The plalace of ardesheer 2 shavoors palace
Precedence of antiquity : Achamenian
This palace was built on the period of Ardesheer 2 the king of Achemenian it is 230 meters long and 150 meters width and has a pillared hall white the dimensions of 34.6 37.5 64 pillars and the other parts
Khouzestan cultural Heritage Handicraft and Toursim Organization

 

とのこと。

The remnants of Shahoor Palace (built by Ardeshir II) 

サーサーン朝 379-381 在位のアルダシール2世によって作られました。

 

 

チョガ・ザンビールへ行く

 

スシ🍣からチョガ・ザンビールまでは44km。バスも何も無いです。公園のベンチで調べタクシーしかないなと思い交渉を覚悟し道を歩き始めると、英語のできる男,ダニエルが乗ったプジョーがいきなりとまりました。助手席には友人が座っています where you go. 念の為に金の事を聞くとタダで連れて行ってくれることになりました。

車で話していると僕と同い年とのこと。

 

 

チョガ・ザンビール

 

スサから44km, 40分程度で到着。イランはでかいので結構離れてます。地味に坂戸くらいまであるからね(謎の埼玉県民)

 

 

ChoghaZanbil Ziggurat

場所はここ

チョガザンビルはエラム王国(2700 – 539 BC)の王 アンタッシュナピリシャ(Untash-Napirisha)が作った新都市です。紀元前1250年ごろの建造らしい。

エラムと聞くだけでエラム語を連想し全く知識がないくせにわくわくできる人は中二病です。

 

 

アンタシュ・ナピリシャの治世は紀元前1340年から1300年頃である可能性があります

とのことですが古代なので年月は確定ではないみたいですね。1979年に世界遺産に登録。

1951年から1962年に実施された考古学調査によって、チョガ・ザンビール遺跡の全貌が明らかになり、ジッグラトが世界中のどこよりも保存のいい状態であると考えられるようになる

最も保存状態が良いジッグラトらしい。(オリジナルは高さ53mあるはずだが現在は24mしかない。それでも保存状態が良い)

 

考古学全然履修していないので間違ってたらすみません。

 

Southwestern Stairway
The only stairway that provided access to the top of the ziqqurrat was situated on the southwestern side. According to  Ghirshman, it was likely that the entrance to the High Temple was located on the northeastern side facing the river. In  order to have reached the High Temple, they first ascended atop the second terrace then travelled southeast to the final  stairway which took them to the upper terraces. The stairways of the third and fourth terraces were likely built in the  same manner of the first and second terraces, in that they cut through the mass of the ziqqurrat.

 

説明看板より。南西の階段だけが最も上に続いていたそうです。Ghirshman(?)によると、高寺院への入口は川に面した北東側に位置していた。高神殿に到達するために最初に2番目の段に登りその後南東に移動して最終段に行きそこから上へ行く。

 

 

ジッグラト

 

チョガ・ザンビールはジッグラトという構造物です。

ジッグラトまたはジグラート( Ziggurat アッカド語:ziqqurat)とは古代メソポタミアにおいて、日乾煉瓦を用い数階層に組み上げて建てられた巨大な聖塔である。「高い所」を意味する言葉である

神が訪れるための人口の塔。

 

 

衝撃の入場料金

 

ところでSusaの遺跡では気づかなかった現地民と外人の格差。ここチョガザンビールで衝撃のイラン正規ぼったくりに気付きました。

 

いくらペルシャ語知識ゼロでもわかるよww 同行した車のイラン人に Is it 10 times for foreigner?と指さしていったら彼はケタケタ笑ってました。

 

彼らイラン人2名は切符売場の人と何やら話しています。大方「日本人を連れてきた」とか何とかでしょう。僕が500円を払ってるのを尻目に彼らは入場料無料になりました。流石に僕もケタケタ笑いました。

あのしょうもない国家アゼルバイジャンでさえ外人価格は4倍程度なのに、10倍ってアホすぎでしょう。イランのホスピタリティ()

 

Tips: Iran have no hospitarity, have greedy – waigustinus (イランにはもてなしは無い。強欲がある -ワイグスティヌス)

 

 

 

批判しているみたいですがこのぼったくり価格を加味してもスシは行く価値があると思います。あと親切な市民は親切です。一方チョガザンビルは雲が出て来て天気がイマイチだったので300円くらいだな(古代遺跡にダイソーのちょっと手の込んだ商品みたいな値段をつける教養の低い人)。

 

帰りはまた44km乗ってShushの駅に行きます。

帰り彼はガソリンスタンドへ入るとなにやら僕を説得します。それが魂胆だったか笑。20L分のガソリン給油し全部の代金を払わされました。なぜか彼は自分は悪い奴と思われたく無いらしくしきりに給油メーターを見せて全金額ガソリンで着服していないと主張してました。リッター30円なのでしめて600円で特にダメージにもならずタクシーを雇うより安かっただろうな。往復80km以上走ってますから。むしろありがてぇ

 

 

Shush駅からはテヘラン行きの長距離列車が発着しています。イランはアジアなので人口が多く当日に行っても切符が売り切れてるときもありますしネット予約もできないので神経を使います。事前に買いました。

 

 

オーバーツーリズムと無縁の静寂世界遺産観光地

 

おわり!

 

公共交通がイマイチでタクシーかツアーを雇うしかないイランのアケメネス遺跡たち。

行きづらさ、めんどさ(ぼったくりタクシーとかの面倒さも含めて。僕はまだ会ってない)はありますがこれを鑑みれば全て些細な事象でしょう。

 

Over Tourismとは無縁の世界遺産観光地スサそしてチョガザンビル

 

夕日に染まる歪なピラミッド

 

 

イランのShusiおよびチョガザンビルは世界遺産にも関わらず

  • カード使えない(イラン自体)
  • 砂漠地帯で行きにくい立地
  • 昨今のイラン情勢の悪化- 私は2020年1月という米国がソレモウニ氏を殺害した直後に行きました

 

これらのお陰なのか全然外国人が居ません。イラン人はちらほら来ています。

 

遺跡そのものをじっくり見られますし見る価値はあります。

 

本当に静か。ここが本当に世界遺産かと思うくらい。

 

いやこれが本来あるべき姿かもしれない。

 

ペルシア史、文化、エラムが好きな人は是非!!

僕みたいなにわかよりよっぽど行ってください。

 

オーバーツーリズムとは?京都もミサイルを撃って紛争を起こせば観光客が減って選ばれた人だけが観光できるようになるかもしれませんね(ゆがんだ笑顔

 

私が行かなかった近くの観光地/遺跡

 

***2003 AHVAZ***

当遺跡巡りはこちらのサイトを特に参考にしました。2000年代に行かれた方のものです。Hafttapeh ハフトタッペなどにも何かあるらしい。

驚くほど2000年代のヲタクが作った’ホームページ’そのものでI flame. 誰かのテンプレートの質問に答える、絵を描く、相互リク。このサイトを全て読むだけで故郷に帰ったようなほっこりした気持ちになります。バカにしてるとかじゃなく本当にほろりと涙が出ます(一定年代以上のおじさん)。

大熊猫大酒店 首項 <THE GIANTPANDA’S HOTEL TOP PAGE>

 

チョガ・ザンビール – Wikipedia

ジッグラト – Wikipedia

 

エラム

エラム – Wikipedia

 

 

 

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